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神頼みな毎日

神頼みな毎日

頼むから続きを書いて



 歌声が途絶えた。
 音は一切無くなり、ただ静寂が辺りを包んだ。
 少女の瞳からは大粒の涙が零れて、ただ声も無く彼女は泣いた。
 歌が消えた。

 ◇

 昔、一匹の白い猫がいた。
 猫はある街で自由気ままに生きていた。
 晴れの日には大時計台の前の公園で日向ぼっこを楽しみ、時には公園にやってくる子供たちと遊んだ。雨の日には図書館で司書として働いてるお姉さんの膝の上や、お姉さんが忙しい時は詰まれた本の上でうたた寝した。時々本棚で爪を研いで怒られたりもした。
 お昼時になると猫は街の大通りを歩き回る。すると色んな人が猫に餌をくれるのだ。肉屋の主人はハムを一切れ猫に分けて猫に寄越したし、パン屋のおばあさんは牛乳を皿に注いで猫に舐めさせた。
「あ、白神様だ。おいでおいで」
 白神様とはこの街の有名な昔話に出てくる、白猫の姿をしている神様のことで、この話から猫は街の人から白神様と呼ばれるようになった。
 もちろん街の人は猫はただの猫だと思っていて、名前をつける代わりに「白神様」という愛称がついただけのことだった。
 猫はこの街が大好きだった。ここにいる皆は猫にすごく優しくて、猫は皆が大好きだった。
 街のみんなは一様に好きだったのだが、そんな猫にある日特別な人ができた。
 屋根伝いに散歩していたときの事、猫の耳に歌が聞こえてきた。綺麗な歌声だったが、その声はあまりにも小さく弱弱しかった。まるですぐにでも死んでしまうかのような、か細い声だった。
 その声は段々小さくなり、やがて聞こえなくなった。猫はなんだか心配になって、声が聞こえたほうへと走った。しばらく屋根伝いに行くと、白い建物が見えた。
 猫は足を止めて、その白い建物を遠くから眺めた。猫は街の殆どを歩き回ったが、その白い建物だけは近づこうとしていなかった。その建物がなにか嫌な気配と匂いをさせていたからだった。
 猫はそれ以上進むのを躊躇い、仕方なく引き返そうとしたときだった。突然、さっきの歌声が流れてきた。猫は耳を立てて、その声の方向を探った。
 白い建物の窓から一人の少女が顔を覗かせていて、歌っているのは彼女だった。髪が長く色はブロンドで、可愛らしい少女だった。ただどこか元気が無く、その顔に笑顔はない。ピンクのパジャマを着ていた。
 少女がまとっている雰囲気は不思議なものだった。その雰囲気と少女の弱弱しい歌声に引き寄せられて、猫はあれだけ近づくのを嫌っていた建物に近づき、少女の窓へと飛び込んだ。
「え? ひぁっ!」
 少女は突然入ってきた猫に驚き声を上げた。猫は少女の膝元に着地し、その蒼い瞳で少女をじっと見つめた。
 少女はベットに横たわっていて、白いシーツの上に足を伸ばしていた。その上に毛布をかけている。
「びっくりしたぁ……猫?」
 猫は少女の膝の上に腰を下ろして、ただ少女と視線を合わせたまま動かなかった。少女のその瞳にはどこか元気がなく、猫にはそれが気になって仕方なかった。
 少女は突然窓からやってきたと思ったら自分の太ももに座って動かなくなった猫に困ってしまった。
「えぇと、君はどこから来たの?」
 お互い硬直したまま、少し時間が流れた。
「そう、よね。猫に話しかけても、無駄だよね」
 全て少女の独り言になっていた。猫はただ少女の瞳を見つめているだけで動こうとせず、少女はため息をつき人を呼ぼうかどうか迷った。
「ここに動物を入れるのは、やっぱりマズイわよね……」
 と呟いたが、しばらくして好奇心から恐る恐る猫に手を伸ばし、その白い体を撫でた。猫は少女の白い手首を舐め、それがくすぐったくて少女が笑った。
 少女が指で猫の喉下をくすぐると、猫は眼を細めて身を任せた。その顔が可愛くて、少女はまた微笑んだ。
「まぁ、黙っててもいいよね。ここ私の一人部屋だし」
 指先を舐める猫を見て、少女はそう悪戯っぽく舌を出した。
 猫は少女が笑顔を浮かべるようになったのを見て、なんだか嬉しくなって頭を彼女の腕に摺り寄せた。もう彼女の瞳の奥にあった暗さはなくなっていて、猫は見つめるのを止めた。
「可愛いなぁ。どこの猫? ありゃ首輪がない……野良かい、君」
 猫は野良だった。誰かに飼われる必要なんかなく、しいて言えばこの街の人々全員が飼い主だった。
「いいな。飼いたいなぁ。でも無理だろうけど」
 少し寂しげに少女は言う。猫はそんな彼女の膝の上でごろごろと寝転がった。少女はそんな猫を見て、おかしそうに笑った。
 その後猫が看護師に発見され追い出されるまで、少女と猫は遊び続けた。
 
 ◇
 
 少女と出会ってから猫の生活は変わった。毎日太陽が昇りきったあと、時計台の鐘が鳴ると同時に少女のもとへ行くようになった。そうするとちょうどお昼ご飯を終えた少女に会え、看護師にもしばらく見つからない。猫はなかなか頭が良かった。
 少女は猫に歌を歌って聞かせた。その透き通った綺麗な声で、スローテンポの少し暗い曲をよく歌った。猫にはその歌の内容を知ることはできなかったが、それが悲しい曲だというのはなんとなく感じた。
 なんだか悲しくても、猫はその歌が好きだった。だがいつもかならず全部歌い終わる前に少女は歌うのを止めてしまった。歌った後、彼女はいつも少し咳き込んだ。咳き込んで、辛そうな顔を見せた。その時は猫が彼女の手を優しく舐めると、彼女は辛そうにしながらも微笑んでくれた。
 ある日、彼女の歌が乱暴に終わった。彼女は突然咳き込み、その咳は長く大きかった。猫がいくら彼女の手を舐めても、彼女は苦しそうに咳を続けた。
 しばらくしてやっと咳が収まると、彼女は優しく猫の頭を撫でた。力なく枕に背を預けながら、窓の外に視線を投げている。その目は初めて猫が彼女と会ったときの、あの暗い瞳だった。
「猫君。わたしね、喉の病気なんだ。そのうち声が出なくなっちゃうんだって」
 少女の声は少しかすれていた。咳のせいだった。
「いつか声が出なくなって、歌えなくなっちゃうんだ。お医者様は治せないって言ってて、だから今できるだけ歌っておこうと思うの。それこそ一生分歌って、この先もう歌いたくないって思うくらいにね。だから私の最後の歌に、猫君が聞きに来てくれて嬉しいよ」
 少女の言葉は分からなかったが、猫は何かとてつもなく悲しい事が目の前で起こってる気がした。

 
 
 




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